旅行
タイの思い出1
ものすごいアップダウンの山道を歩き続けた。
寝袋をいれたリュックサックを背負いながら。
絶対に歩ける自信はあったのだが、着いたときの体調が心配だった。
山の向こうに煙が見える。きっとあそこまで歩くんだろう。
あそこに山岳民族のラフ族が住んでいるだろうって思いながら歩き続けた。
途中で1回休憩があった。肩からかけた水が温かくなっている。
顔が赤くなってることがわかる。
熱がこもっているんだろう。
「もうすぐ。もうそこ。」ガイドさんが言った。
しばらく歩いていると、村が出現した。

赤土の上に家が点在している。
人口は160人くらいらしい。
家は約40件あるそうだ。
村全体の広さは学校の運動場くらいだ。
学校の運動場くらいの広さの場所に赤土の道がくねくねとあり、その道沿いにポツポツ家がある。
僕らが到着すると、2人の子供達が僕らのことをチラチラ見ながら自転車の古タイヤで遊んでいる。
その村で一番大きい家の前に案内され、それぞれがホームステイする部屋を割り振られた。
僕はたまたま一番大きいその家に案内された。
家の中にはいるとそこのおとうさんとおかあさんがいた。
「おぶーじゃ」ラフ語の挨拶をしたら、「おぶーじゃ」と返事が返ってきた。
そのときに手を合わせながら、言っている。
そうか、手を合わせながら挨拶するのか。
今度からそうしうよう。
ラフ族に僕らがどういう風に紹介されているかわからない。
挨拶を交わしたことで、とりあえず嫌がられていないもしくは怒ってないことはわかった。
奥にはいっていいか?というゼスチャーをしたら、はいどうぞ。
というリアクションだった。
中は思ったよりきれいだった。
部屋は空中だ。
典型的な建物はこんな感じだ。

日本で言うと1階と2階の高さの中くらいにある。
床を竹で作ってあるために、ほこりは簡単に床下に落ちていく。

床下は子供の身長くらいの高さがあり、村中にいる豚やにわとりが道路や床下を自由に動き回っている。
そのあと、村を探検してみた。
小さな川が流れていて、他にも村から出る道があるみたいだ。

一頭だが象も見た。乗れるようになっているので、野生ではないことは確かだ。
飼われているものらしい。

ラフ族の人たちは普通は、Tシャツのような感じの普段着を着ているようだった。
夜は僕らのために祭りを開いてくれた。

全体的に、お客さんとして迎えてくれているような雰囲気で、居心地はよかった。
言い方を変えると、ラフ村という村の民間ホテルに泊まってるような感じだった。
例えば、食事も僕らには最高のものを振舞ってくれて、現地の人とは内容が違っていた。
現地の人はご飯と野菜と卵っていうような質素なものだった。
この写真は6人分の料理だ。

ごはんとスープが一人ずつ、野菜と炒め物はみんなで食べる形式だった。
たくさん食べた方が喜ばれるということで、ガンガン食べた。
ラフ族の村を快適に過ごせたのは、これは村を富ませるための財団のアイデアであると考えられる。
このアイデアは、巧妙でさすがだと思った。
財団に村に入る前に注意されたことは大きく2つである。
1.宗教のルールを守って欲しい。(触っていけないものや、やってはいけないことがいくつかあった。)
2.お金を渡さないで欲しい。だ
。例えば、僕が…例えばである。その村に100万円寄付したとする。
貨幣価値が違う村だ。
結構なことができるような気がする。
ところが、それをしてもだめだと思うのだ。
テスト勉強と同じで、子供に何かのテストで採点を甘くして100点を無理やりあげたとしても、その子は100点をとる方法を学んでいないので、次回のテストで100点が取れない。
一方、こうやれば単語の点が取れるよ。っていうことを説明してあげて、本当に単語の点が取れると次から単語ができるようになる可能性がある。
そのとき、こっそり甘めの採点をしてあげるという手法だ。
甘めの採点であることを、子供は知らなくても、単語を覚えたことに点が上がれば、次回も単語を覚える可能性がある。
そうやってたまっていくのはスキルなので、その子の実力になる。
同様のやり方だと思う。
もちろん、村の人のことを説明するのに、子供で喩えるのはどうかと思うのだが、でも思想は同じだと思った。
現地のお母さんが売るものを買うのはいいけど、お金はあげないで下さい。という発想は、今まで自給自足で生活していた村の人に、文化の違う人にモノを売るというスキルがたまるし、自分たちの作っている文化が、世界的に価値があるということを教えてあげることになる気がする。
しかも、現地のモノは買っていいですという言葉には。
現地のモノを買ってあげてね。という含みがあると思う。
100万円をあげて、水道を引いてあげるのはいいと思うのだが、それではその村が発展していくことにはならないだろう。
今回、僕らがお客さんとしてもてなされたのも、きっと村にいくらかのお金が支払われていて、僕らの食事代なんかにも使われていると思った。
正直なところ、ご飯がゴージャスでうれしかった。
お客さん待遇でうれしかった。
僕は疲労と不安で、心が疲れていたのだから…
次の日。ラフ族の村を離れ、アカ族の村へと移動した。
アカ族の生活はラフ族よりびっくりだった。
もし、ラフ族に行くのと、アカ族に行くことの順番が違っていたら、ちょっとヤバかったかもしれない…
そして今度は山の中の道。とげのある植物なんかが結構茂ってる道を通り、アカ族の村へ行った。道中でこんなのに出くわすのだが、こういうのを見ると要注意だ。
こういう変わったところには精霊系なので、触らないように気をつけないといけない。
現地の人が神が住む場所とあがめていたりする。
とにかくヘトヘトになるまで歩く。
これまた恐ろしい場所にある村で、リュックサックはラフ族の村の人がバイトで運んでくれたからよかったものの、とんでもない場所だった。
そして…そして…向こうにアカ族の村が見える。
レンガっぽい屋根が見える?
なんだか都会?

あと少しだ。
あと少し…ドーン!

基本は同じに見えるな。
ラフ族の村と…
集会所みたいなのがレンガ造りで3軒くらいあったけど、基本は一緒だ。
一緒じゃないのは、アカ族の家は一軒一軒、柵で囲まれてるってことくらい。かな…ってのがとんでもなかった。
一緒じゃなかった。
いつものように部屋が決められた。
ものすごく適当に決めている。
まあ、運だ。
で、僕が案内された家は、35歳くらいの夫妻と子供が3人の家だった。
「まず、お茶でもどうぞ。」
「はい。ありがとう。」

おい!
ちょっと待って!これ、飲んで大丈夫か?
コップが汚れすぎだし、色が…なんか…変じゃない?待てよ。
お茶を出されたら…えーっと。
なんか2日前の村の説明の時にやってたな。
えーと。確か…「お茶は飲んでも大丈夫です。」
よし。飲んでも…おい!ちょい。待てやー。
なんかその言い方変じゃないか?
飲んでも大丈夫って、「お茶はおいしいです。」とかじゃないの?
飲んでも大丈夫という表現にビビりながら、笑顔で飲むしかない。
やっぱ。いらんと言えんもんね。あいさつだしね。と、ガイドさんを見たらなんだか、くつろいどるやんけー。

味は普通のお茶だったが、ちょっと心配になった。
マイ ストマックちゃんを心配するよ。
やっぱね。トイレもチェックしとこう。
トイレはラフ族の村と同じように、そとに作ってある手作りバージョンだった。
よし。トイレの位置確認ヨシだ。
いざとなったら、下痢しまくってなんとか乗り切ろう。
いつものように探検してからご飯になった。
昨日のことを思い出した。
きっと今日はなかなかいいものが出て来るに違いない。
「ママ~。まだ~~~?」とか思ってたら、いよいよ飯だ。
うおっ!なんか違う!!

ママ~。これさっき子供が捕まえて遊んでたせみじゃな~い~?
ぼくちゃんのご飯がこんなになちゃったじゃなーい。

ってまあ、それはいいんだけど、おいしかったし。
問題は下の写真の左端に見えるあの葉っぱよ。
あれ何?

あの葉っぱって、そこら辺の木の葉っぱを取ってたじゃん。
普通に。
調理なしー?で、このナチュラルの葉っぱをどうやって食べるの~?
えっ?
この辛い味噌につけて食べるの?
味は?
味噌味?
ちょい。ちょっと待って。
ってことは何?
その味噌があれば、飢え死にしないってこと?だってどの葉っぱでも食えるでしょ?
味噌味で。
は~。サバイバルだった。
家の中はこんな感じだった。

なんだとー?
何も見えないじゃないかー!!
昼でも真っ暗な家の中だった。
もちろん電気なんか通ってない。
だから懐中電灯で見てみた。
ヤバイ。
こりゃあ、ヤバイ雰囲気よ。
うるるん。
しかも、相当レベルが高いよ。
お笑いの人が行くレベルのウルルン。
女優じゃ無理だ。
このウルルン家は。
そこの子供もすごかった。
ほとんど裸足なので、家の外と中の区別はほぼない。
挙句の果ては11歳の男の子が野生の鳥を素手で捕まえていた。
そして足に糸をつけて遊んでいた。
その家にはにわとり10羽と犬一匹がいた。
すべて食用だそうだ。
夜はラフ族と同様に歓迎の踊りを踊ってくれた。

それがすんだら就寝だ。
寝床が暗くてよく見えなかったので、恐怖だったが、実際にも恐怖だった。
寝るとき、部屋の中に何羽かのにわとりと犬がいたのだ。
家の中に。
ものすごく小さいあの家の中に。
何度も何度も目が覚めた。
寝る場所も狭すぎ。
セミダブルくらいの広さのスペースに男3人で並んで寝た。
それはいいけど…そこのニワトリ!うるさいんじゃ!てめぇーわ!
とにかく、ニワトリがうるさすぎだった。
同じ部屋で寝てるから、バサッバサッとか、コケコッコーとかうるさすぎだった。「
ニワトリ!犬みたいに静かに寝ろ!」って日本ではありえない文句を言いたくなった。
僕は海外旅行は基本的には大好きなのだが、さすがにこの日は早く次の日になって欲しかった。
次の日。朝早かったが、起きることにした。
外に出ると朝の太陽があった。

意外にもタイの太陽は赤く、空気の微粒子によって青い系の光が散乱してるんだろうなって思った。
土が全体に埃っぽい。
それで散乱してるのか、何で散乱しているのかはわからなかったが、空気には微粒子が混ざってることは遠くの景色が見にくいことからもわかっていた。
いよいよ今日は、財団へ戻る。いい経験ができた。
タイの少数民族の村に行ったことを思い出す時がある。
どういう時かというと、疲れている時だ。
とんでもない山道を歩きまくってやっと村に着いた。
なんせ、山の奥だからね。
あの時は疲れたな。
あの時と今ってどっちが疲れてるんだろう?って思い出す。
村って言ってもまあせいぜい学校の運動場くらいの敷地に、道があってそこに家がぽつんぽつんとあるだけなのだが…もちろん、平坦じゃなく坂道やら斜面に道に沿って家があるだけで、道と道の間はやっぱり草むらだったり、木だったりするんだけど…
どうなんだろう。
30軒くらいかな。
あとは隣の村に行くのに、またとんでもない山道を歩かないといけなかった。
しかも隣の村ってのが違う民族なんだよね。
服装から家の形から、宗教からいろいろ違う。
どうして?
どうして融合しないんだろう?
さらに村同士の交流ってどうなんだろう?
あの時はラフ族の村に泊った後、アカ族の村に移動したんだけど、ラフ族の人たちが荷物を運ぶのを手伝ってくれた。
詳しくは覚えてないんだけど、ラフ族はアカ族の村まで入ってくれたはずだった。
そこで少しの会話はされたんだろうか?ガイドさんがラフ族の人で、アカ族の村に僕らが泊まった時、一緒に泊ってたもんね。ってことは…言葉は通じるんだよね。
きっと。
…不思議だ。
どうして習慣が違うのに、言葉が通じてるんだろう?
同じ中国のどっかの省の出身だからかな?
そもそも部族っていつ頃からでき始めたんだろう?
他にもモン族とかカレン族とか…
アジアにはたくさんの少数民族が暮らしているらしい。
うーん。疑問だ。
ネットで調べるとアカ族はいろいろな国に住んでいるらしい。
それぞれの国にいるアカ族はお互いのことを仲間だと思ってるんだろうか?
謎すぎる。知りたいことがいっぱい知りたい。
見たいものがたくさんある。
チャンスがあったら行ってみたい。
行かないとわからないことがいっぱいあるから…