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フィリピンの思い出(1)

フィリピンの思い出(1)

「ニニョス・パグアサセンター」

 

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この写真を見てどう思われるだろうか?

18歳の女の子だそうだ。

ムームー(お化けという意味)と呼ばれたりしているらしい。

この子は今日まですごく苦労しただろうなってことがわかる。

今回、この子には会ってないのだが、この子はまだこのままらしい。

僕らは金曜日の朝、ニニョス、パグアサセンターに着いた。

あまり詳しい情報がなかったので、盲ろう学校であること、手術待ちの子がいるかもしれないということしかわかっていなかった。

現地に着く少し前に、手術待ちの子が2~3人くらいいるという話を聞いた。

どうして手術待ちなのかまではわからなかったが、資金によるものであれば、何とかしたいという思いでニニョスに向かった。

 

住宅街の中のそう大きくない敷地に建物が3つ4つあった。

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2階建ての建物がひとつと1階建ての建物2つである。

(記憶なので、間違ってるかもしれない。)

その2階建ての建物がニニョスの本部だった。

一階には事務室などがあり、奥にはセンター長の事務所があった。

センター長は女の人だった。

僕らはセンター長の部屋に通された。

いきなり、たくさんの写真を見せられた。

この子がこういう症例で手術をしてこうなって、この子はこうで…そして、センター長はある15歳の女の子を連れてきた。

その子の目は白くなっていた。

この子には目の手術が必要です。

そして、口唇裂の子(口の中が割れている)や、口蓋裂の子(鼻の下が割れている)子などがやってきた。

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次々にセンター長が解説していく。

この子はここがこうなって、この子はここがこうなって…

僕らの気持ちとしては、そんなに傷を見せてくれると子供が傷つくんじゃないだろうか?

ちょっと見たらわかるからわざわざ教えてくれなくていいから…という気持ちだった。

どんどん子供達が呼ばれる。

そして顔が変形した男の子も入ってきた。

この子は下手な病院でやったから手術が上手くいってなくて、最低3回手術をやり直さないといけない…

「わかりました。ところで手術待ちの子ってどの子なんですか?」

「この子達です。」

えっ?2~3人なんかという次元ではなかった。

さらに他の地域にもたくさん手術待ちの子がいるらしく、一番最初の写真の子も違うエリアだが手術を待っていると説明してくれた。

次に…「手術待ちの子のうち、お金がないために手術を待ってる子はどれくらいいるんですか?」と尋ねた。

「全員です。」

もうダメだ、と思った。

僕らの力を超えている。

このうちの何人かしか応援できないと思った。

手術費用の説明もあった。

手術費以外に、病院までの移動費(車で8時間かかるらしい)や薬代なんかも教えてくれた。

そして、僕らが持ってきたお菓子を配ることになった。みんなを2階に集めてくれた。

2階には目の見えない子や耳の聞こえない子なんかもいた。

センター長が僕らに言った。

「みんなに配ってあげて。」

センター長が僕らに気を使ってくれてるのはわかったが、それはやりたくなかった。

申し訳ないけど、やらなかった。

どこかに置いておいて、みんなに勝手にとって欲しかった。

「これは僕らが買ってきたんですよ。」なんて偉そうに言いたくなかった。

ただ、お菓子を買ってあげたかっただけだった。

お菓子が行き渡ったら、「お母さん達にもあげていい?」と聞かれた。

「当たり前じゃないですか。」

特に目が見えない子がお菓子を持ってくれてる姿がうれしかった。

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さらに耳も聞こえない子もいる。

そういう子達は僕らが来たことさえわからないかもしれない。

でも、お菓子がそこにある現実だけはきっとわかるはずだ。

それがうれしい。

その後、施設を案内してもらい(狭かったのですぐ終わったが)センター長さん達と昼ごはんを食べた。

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僕らは話しあった。

支援するにしても、全員は絶対に無理だ。

何百万円もかかるだろう。

もっとかかるかもしれない。

一部だけ支援の場合、どういう風にお金が使われるのかそれが知りたかった。

「あのー、僕らがいくらかお金を置いて帰るとしたら、どういう風に手術代が使われるんでしょうか?」

「希望に沿います。希望を教えてください。」

「希望はありません。お任せします。」

「優先順位によります。」

「じゃあ、優先順位の1位はどうやって決まるんですか?」

「あの目が白い子です。あの子は急がないと失明が確実です。」

「次は誰なんですか?」

「顔の変形している子です。最低3回手術をしないといけないので1回目はできるだけ早い方がいいです。その次は…」

「もういいです。わかりました。」

しばらく施設の子と遊んだあと、僕らは帰る前の最後の話をすることにした。

センター長の部屋に行った。

「定期的に応援しようと思います。

「とりあえず、今日はこれだけ置いて帰らせてください。」と札束を机の上に置いた瞬間、センター長が喜んでくれた。

ものすごく喜んでくれた。

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「これであの子達の手術ができる。○○さんを呼んで来て。」

顔の変形した子(小学1年生くらい?)を抱いたお母さんが呼ばれた。

「今、お金をもらったから手術ができるわよ。」お母さんは泣き出した。

あとで聞いた話だが、子供のことで助けてもらおうとものすごく離れたニニョスに来たのだが、ニニョスでも資金が足りなかったそうだ。

約2週間滞在し、チャンスを待ったそうなのだが、チャンスもなく途方にくれて帰ろうとしたところに「数日後に日本人が来ることになったからそれまで待ってみたらどうか?」という話が舞い込んできたらしい。

その日本人っていうのが僕らだったのだ。

そのお母さんは僕らにその話を全くしていなかった。

でも、そのタイミングに貢献できたことをうれしく思う。

また、翌日はお母さんの誕生日だったそうだ。

失明するかもしれない女の子の一応の手術予定日はあさってだったそうだ。

そのタイミングに間に合えたことを感謝したい。

しばらくしてその女の子がやってきた。

なんと、よそ行きの服に着替えていた。

わざわざ服を着替えてきてくれた。

15歳って言ったら塾の中3生と一緒だ。

たった一人でニニョスで手術を待っていた。

僕はその日の夜、涙が止まらなかった。

センター長さんは、わざわざ僕らのために、そのあとの病院の案内についてきてくれた。

その病院は日本の病院のような感じで、僕が想像していたのと全然違った。

近代的な総合病院だった。センター長さんが色々案内してくれた。

センター長さん。

僕はね。

センター長さんがお金を出した瞬間に喜んでくれたのがすごくうれしかった。

僕らが応援するという未来のお金より、今の子供のことを考えてしまうその素な感じに心を打たれた。

すぐに子供達を呼んでくれたのがうれしかった。

センター長さんが子供達の手術のために、本当にお金を大事に使ってくれるんだなって思えたことがうれしかった。

子供がイスから落ちそうなときに大声で教えてあげていた姿。

甘えに来る子供の頭にひじをついて話す姿。

小さい子供の足が近くにあることに気づいてないようで、絶対に子供の足を踏まないように気をつけているセンター長さんのみんなのお母さんぶりがすごくカッコよかった。

僕はみんなのためにがんばってるセンター長さんと、センター長さんの元に集っているみんなを応援しようと思う。

世界中には確かに困ってる人がいっぱいいると思う。

もっと大変な人もたくさんいるはずだ。でも、全員は無理だ。

できないものはできない。孤児院支援やストリートチルドレンの支援など、いっぱいいっぱい助けてあげないといけない人はいると思う。

でも僕は医療の分野に関わることにする。

幸い炎集団には医者、看護師、薬剤師になる強力な金の卵達がいっぱいいる。

いつかみんなにも助けてもらいながら、医療分野で貢献して行きたいと思う。

これで、僕は学校をつくることはできなくなったし、井戸を掘ることや、鉛筆をくばることも無理になった。

でも、手術待ちで泣いてる子の涙を減らすってことをやりたいと思う。

ニニョスのセンター長さん、そしてみんなから学んだ。

自分のためだけじゃなく、みんなのためにがんばろうと思った。

まずの目標手術待ちの子を減らしていくこと。

それから、宿舎のトイレがちょっと気持ち悪かった。

直してあげたいな…

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